2026 年 SiC のパラドックス——基板供給過剰とデバイス逼迫、8 インチ移行が中国に渡す主導権と 800V AI データセンターという新需要
DigiTimes は 6 月 4 日の独自報道で、業界が 8 インチウェハへ移行する局面において中国が SiC サプライチェーンの支配力を強めていると伝えた。中国製 6 インチ基板が 500 ドル前後まで下落する一方、車載 SiC MOSFET の供給制約は解消されず、800V HVDC の AI データセンターが第二の需要柱として浮上している。本稿は OEM・EMS の調達部門に向けて、この二極化した市場の構造と実務上の示唆を整理する。
DigiTimes は 6 月 4 日、業界が 6 インチから 8 インチウェハへ移行するまさにその局面で、中国が炭化ケイ素(SiC)サプライチェーンへの支配力を強めつつあるとする独自記事を掲載した。タイミングの意味は小さくない。Computex 2026 の会場を支配したテーマは AI データセンターのインフラであり、長らく EV の文脈で語られてきた SiC は、ハイパースケール AI 展開が要求する 800V 高電圧直流(HVDC)給電アーキテクチャの基盤材料として再び脚光を浴びた。調達組織の視点で見れば、この報道は市場が静かに二つの相反する半面へ分裂した事実を浮き彫りにしており、その矛盾の中にこそ現在の調達リスクと機会が存在する。
市場の上流側は明確なデフレ局面にある。中国サプライヤーの 6 インチ SiC 基板は現在 1 枚あたり 500 ドル前後で提示されており、Wolfspeed の同等品が約 1,500 ドルで取引されていた 2 年前には考えられなかった水準だ。TrendForce は 2024 年の時点で年率 3 割近い価格下落を記録しており、その軌道は実質的に反転していない。価格曲線の背後には産能の物語がある。SICC や TanKeBlue をはじめとする中国勢の補助金を伴う増産により、世界の基板新規産能の過半が中国国内に集中した。一方で Wolfspeed は 2025 年の Chapter 11 を経て再建し、欧米の基板基盤は拡大ではなく集約へ向かっている。8 インチ移行はこの構図をリセットするのではなく、むしろ増幅する。大口径化は規模と資本集約度に報いる技術転換であり、価格戦争を補助金で耐え抜ける中国メーカーに有利に働く。中国勢が既に 12 インチのサンプルを披露している事実は、次の世代を「追う」のではなく「主導する」意思の表明である。
下流側はまったく逆の物語だ。トラクションインバータと OBC 向けの車載認定 SiC MOSFET は 2026 年も構造的な供給制約が続いており、onsemi の EV 向け SiC パワー製品は依然として供給制約リストに名を連ねる。欧米 IDM のパワー製品価格は値上げサイクルの中にあり、この夏には第二弾の改定が発効する。これは矛盾ではなく、物理と工程の帰結である。500 ドルの基板が AEC-Q101 認定済みデバイスになるには、ライン認定、歩留まり成熟、そして年単位の開発サイクルが必要であり、投入コストが下がってもデバイスの価格決定権は車載認定を握る IDM の側に残る。基板の見出しを読んでデバイス見積りが一四半期か二四半期で追随すると期待する買い手は、失望するだけでなくポジションを誤ることになる。
2026 年がこれまでの SiC 物語と異なるのは、第二の需要柱が立ち上がった点にある。NVIDIA 主導の 800V HVDC アーキテクチャは AI ラックの電力密度を数十 kW から MW 級へ押し上げ、その給電チェーンの整流段・DC-DC 変換段で SiC の搭載量が増加する。かつて EV 一本に依存していた需要は二基エンジンの構造へ変わりつつあり、ハイパースケーラーの設備投資に駆動されるデータセンター建設のタイムラインは、自動車プログラムよりも速く、価格感応度も低い。2024〜2025 年の EV 成長鈍化が生んだ産能の余剰が基板価格戦争の燃料となったが、いま AI インフラがその余剰を反対側から吸収し始めている。
地政学の次元は、部品レベルの計画で通常払われる以上の注意に値する。中国によるガリウム・ゲルマニウムの輸出管理は、化合物半導体の素材を戦略的レバレッジとして扱う前例を確立した。中国の手に集中した SiC 基板基盤は、構造的に同種のエクスポージャーである。DigiTimes の「支配を強める」という表現は単なる商況描写ではない。欧米 OEM は既にパワー段の non-China BOM オプションを求め始めており、産能格差が広がるほどその保険のコストは上がっていく。メモリや受動部品で先行したのと同様に、二重調達の要求が今後数四半期でパワー段の BOM にも流れ込むと想定しておくべきだ。
OEM・EMS の調達実務への結論は四点に集約される。第一に、車載グレードの SiC MOSFET は「いま確保する」カテゴリーとして扱うこと。2026 年下期の枠は値上げ継続を前提に確保すべきで、基板デフレの転嫁を待つ判断は適切でない。第二に、産業・太陽光・蓄電の用途は上流デフレの正当な受益者であり、二線級ブランドと中国系デバイスが最初に攻勢的な価格を出してくる領域として、下期に再見積りの価値がある。第三に、中国ブランドの認定プログラムは 12〜18 か月のサイクルを見込んで今から着手し、価格差がさらに開いた時に行使できるオプションを確保しておくこと。第四に、地政学シナリオを明示的に価格化すること。non-China の SiC 供給経路は今日では割高だが、そのプレミアムは 8 インチ移行が構造的に悪化させつつある集中リスクに対する保険契約である。
このサイクルの深い教訓は、平均値は誤導するということだ。2026 年に単一の「SiC 市場」は存在しない。デフレする基板市場、タイトな車載デバイス市場、軟化する産業デバイス市場、そして新しい AI 電源需要曲線が、それぞれ異なる時計で動いている。集計された物語の上に組み立てられた調達戦略は、そのすべてのタイミングを外す。下期に優位に立つのは、物語を分解し、それぞれの曲線に対して個別にポジションを取る組織である。